近視の進行予防治療
近視はなってから治すより予防する時代に
近視の進行予防の基本的な考え方
これまでの考えでは近視は20歳ぐらいまでに進んで、コンタクトレンズや眼鏡で矯正される方もいらっしゃれば、レーシック、ICLなどの近視矯正手術を受けられる方もいらっしゃいました。近視の進行は自然に任せるしかないという考え方でした。
しかし、この10年間ほどで近視の進行については非常に多くの研究がなされるようになり、現在は近視進行予防が可能になってきています。虫歯になってから治すよりも予防歯科が重要視されているのと同じように、近視も進行予防の時代です。
なぜ近視進行予防が必要なのか?
近視進行予防と言われても、それがどうしてそこまで重要か分からない、そこまでする必要があるの?と思われるかもしれません。最も重要なのは、近視を予防することによって近視に伴う合併症を予防出来ることです。具体的には近視は強くなると、失明にもつながる可能性のある網膜剥離、緑内障、黄斑変性症の合併症のリスクが高くなります。もう一つの理由は、近視が強くなると、裸眼での生活が困難になり災害時などでの不利益が大きくなる点です。
世界で急増する近視の現状
1915年に著明な科学雑誌であるNatureに”The myopia boom” というショッキングなタイトルの論文が掲載されました*。この論文によると、アジア諸国では20歳の人の近視の割合が1950年台は2割程度だったのが、1970年で4割程度、2010年には8割まで増えてきているという驚くべき内容でした。この論文に日本のデータは入っていませんでしたが、日本の最近の調査では都内の公立小学校で近視の割合が76.5%、私立中学校の近視の割合が94.9%と非常に近視の子供が多い事が指摘されています**。
*Dolgin E. The myopia boom. Nature. 2015
**Yotsukura E. et al. JAMA Ophthalmol. 2019
なぜ近視の子供が増えているのか?
ここまで読まれた方は、どうしてそんなに50年ちょっとで2割ぐらいしか無かった近視が8割も超えるようになってしまうのかと疑問に思われるかもしれません。これも様々な研究が行われて、現在は目の成長期における環境の大きな変化が関係していると考えられています。大きな環境の変化の1つ目としては、子供が外で遊ばなくなったことです。多くの研究で外遊びの時間が少ない子ほど近視が進行しやすいことが分かっています。外遊びと言っても、体を動かすことが良いのか、太陽の下で過ごすことが良いのか、それとも遠くを見ることが良いのかと思われるかもしれませんが、その中でも特に太陽の光を浴びることが重要であると考えられています。2つ目の要因としては、近くを見る作業の増加です。最近はお子さんでもタブレットで学習したり、ゲームや携帯など近くを凝視する時間が非常に増えています。これも近視増加の原因と考えられています。
近視の進行と眼軸長について
近視の進行は以前は、近視の度数で測定することが主流で、もちろん現在も近視の度数も調べはしますが、度数は日によって変動しやすく、特に子供では目のピント合わせをする筋肉が非常に強く働くため、度数だけでは近視の進行はしっかり捉えることが出来ません。近視は目の奥行きの長さが長くなることによって生じます。この目の奥行きの長さを眼軸長と呼びます。近視予防外来では、近視の度数と共にこの眼軸長を毎回測定し、それがどの程度の速度で伸びているのかをチェックしていきます。
名古屋アイクリニックで用いている眼軸長解析ソフトウェア:同年代の日本人の平均の眼軸長の伸びと比較することで近視の進行予防効果を確認出来ます。
今出来る近視進行予防治療
現在以下に挙げたように、いくつか近視進行抑制治療があります。ただ、ここで注意してもらいたいのは、近視の進行をゼロにする方法は今のところ無いということです。近視の進行スピードをゆっくりにすると考えてください。
1.低濃度アトロピン点眼
アトロピン点眼というのは古くから眼科で使用されている、調節麻痺薬です。これは1週〜2週程度の長い間効き、副作用も強いため、低濃度で近視の進行予防効果がないかが研究されて有効性が確かめられたのが、100倍から50倍程度に希釈した低濃度アトロピン点眼です。目の筋肉を休ませることによって、近視の進行を予防する治療法です。希釈されているため、副作用は少なくほとんどの方で問題なく使える点眼薬です。副作用としては瞳が少し大きくなることによって眩しく感じたり、副交感神経を抑制する働きによって動悸を感じることがあります。点眼で気軽に始められることから、まず最初に近視の予防治療として始めることが多いです。
点眼薬の濃度ですが、最初は0.01%、それでも近視の進行が速い場合は0.025%を使う事が多いです。濃度が高いほど近視を抑制する効果が強いですが、逆に止めたときのリバウンドが強いため、近視の進行期で中途半端にやめるとそこから急激に近視が進行することがあるため、基本的には長期的に使用することが大切です。
2.オルソケラトロジー(ナイトレンズ)
オルソケラトロジーは、夜寝ている間にコンタクトレンズを装用して、角膜に癖をつけることで、昼間はレンズをはめなくても近視が矯正されるものです。以前は近視矯正治療の一つとしての位置づけでしたが、このオルソケラトロジーに強い近視の進行予防効果があることが分かってから、近視進行予防治療の1つとして使われることが多くなってきました。実際に近視の進行予防効果は、前述した低濃度アトロピン点眼薬の2〜3倍ほどあります。小学生のお子さんが進行予防で始める場合が多いため、レンズの取り扱いに関してはご両親のサポートが必要になってきますので、家族で一緒に近視進行予防に取り組んで頂くことが重要になってきます。
なぜこのオルソケラトロジーをすることで近視進行予防ができるかというと、少し難しい話になりますので興味がある方のみこのまま読み進みください。近視の進行のメカニズムには軸外収差理論と呼ばれるものがあります。これは角膜の周辺部から入った光は網膜の後ろ側に焦点が合うため、それを修正しようとして目の奥行き(眼軸長)が長くなります。オルソケラトロジーは角膜の真ん中の部分を平らにして、角膜の周辺部のカーブを強くする効果があるため、近視予防に効くと考えられています。
3.EDOF(イードフ)ソフトコンタクトレンズ
このコンタクトレンズは、もともと老眼用に開発されたコンタクトレンズのため、近くにも焦点が合いやすく設計されています。このため子供でも近くを見る際に、目の中の筋肉を余り使わなくてもピントが合うため、目の筋肉を休ませることが出来てそれが近視進行予防に繋がると考えられています。また調節ラグと呼ばれる網膜像のボケを改善することも近視進行予防に寄与していると考えられています。
オルソケラトロジーと違って、日中のみ使用するコンタクトレンズになります。オルソケラトロジーは4Dぐらいまでの近視が限界ですが、それを超える近視の場合やオルソケラトロジーが合わない場合に使用します。
4.光治療(レッドライト治療)
近年注目を集めている治療法でまだ長期成績はこれからですが、これまでの研究においては近視進行予防効果が強く、特殊なコンタクトレンズや点眼を使用しないため、お子さんが普段の日常生活で取り入れやすい治療と考えられています。
もともと、前述しましたように外遊びが近視を予防する、太陽光が良いという話をしましたが、かといって外に遊びに行けるかというと現代ではセキュリティの問題や時間的制約の中でなかなか現実的では無いと思います。そこでどのような光ならより効果的なのか?という研究が行われて、現在近視予防に効くのではないかと考えられているのが、紫色の光(バイオレットライト)と赤色の光(レッドライト)です。レッドライトは既に多数の臨床試験が行われて、安全性や有効性が確認され、レッドライトセラピーとして様々な国で治療が開始されています。具体的な治療内容としては、1日2回、1回3分専用の器械で赤い光を見ることになります。治療器具は目に害が及ばないように、かつ効果がある光の強さが設定されており、自己で赤い光を見つめたりすることはお勧めできず、専用の器械を使うことが必要です。2022年に眼科の一流雑誌に掲載された論文では、1年の近視の進行抑制効果は70%弱と報告されており、中には近視が改善した患者さんも一定数ありました*。この近視の抑制効果はこれまでの近視進行予防治療の中では特に高いものになっています。
ご希望の方は名古屋アイクリニックで適応検査を受けていただき、適応がある場合に開始できます。治療器機はクリニックからの有償貸与となりますので、詳細な費用についてはクリニックにお問い合わせください。
*Jiang Y. et al. Ophthalmology. 2022
5.コンビネーション治療
低濃度アトロピン治療はオルソケラトロジー、EDOFソフトコンタクトレンズと組み合わせて治療することで効果を上げることができます。ただし、低濃度アトロピン点眼とレッドライト治療を組み合わせることはできません。逆にレッドライト治療はオルソケラトロジーとEDOFコンタクトレンズを組み合わせることで効果を上げることができます。
近視の進行予防治療と保険診療について
現在、近視の進行予防治療は保険治療ではなく、自費治療になっています。なぜこれだけ効果が証明されている治療が保険が効かないのか?不思議に思われる方も多いと思われます。
しかし8割以上の子供がなる近視が保険診療になったら、国の保険財政は破綻してしまうでしょう。ただし、病的な近視になりやすい患者さんは、近視の進行を抑えて病的近視にならないようにすることで、病的近視による網膜剥離や黄斑変性になりにくくなり、治療費が軽減されるので、国の保険財政にとってもプラスになるはずです。このため、今後は限定的で保険診療の枠に入ってくる可能性はあると考えています。
工事中
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